第9話 すでに始まっているモビリティ革命
「8年後には世界中でガソリン車やディーゼル車は1台も売られなくなる」というショッキングなニュースが流れてきました。※1
スタンフォード大学の経済学者であるトニー・セバ教授の予測です。その後も、ボルボ社が2019年から全車種を内燃機関車(ICE)から電気自動車(EV)に切り替えていく方針を発表(7月5日)※2、フランス政府が2040年までに国内のガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針を公表(7月6日)※3、そして7月7日には満を持してテスラ社の戦略車であるモデル3の納入が始まりました※4。
このように、EVを軸とするモビリティ革命はすでに始まっているというのが、世界的な専門家の共通認識となっています。ただしこれは、たんにICEがEVに置き換わるという単純な話ではありません。冒頭のセバ教授の予測に戻りましょう。
技術学習効果で普及とともに急速に安くなってゆく電気自動車(とくに蓄電池)とともに、太陽光発電に代表される分散型のクリーンエネルギーも限りなく安くなってゆき、とくに限界費用(追加的な発電費用)はゼロです。
EVは、初期費用とランニング費用の合計で見ると2年後にはICEよりも安くなり、その後はその差は広がる一方となります。
加えて、前回に述べたとおり、AIの急激な進展による自動運転とUberに代表される共有経済(シェアリング・エコノミー)との組み合わせで、そもそも人々はクルマを持たなくなります。その代わりに、圧倒的に安い費用でいつでも利用できる移動サービスを「TaaS」(Transport as a Service)と呼び、これが2年後から本格的に拡がりはじめ、10年以内に移動の8割を占めるようになると、セバ教授は予測するのです。
その結果、何が起きるでしょうか。まず、今の中古車市場は壊滅します。
ちょうど現在ごく一部の趣味人だけが銀フィルムを使ったアナログカメラや旧いレコード盤を持っているように、数年のうちに自動車を持つ人々はノスタルジックな趣味人だけとなります。
ガソリンスタンド、スペア部品、修理工場は消え去り、自動車ディーラーも2024年までに消えると予測しています。
より大きな衝撃的な予測は石油業界と自動車産業界とが「双子の死のスパイラル」に陥る可能性です。
原油はせいぜい2020年までは1億バレルで生産ピークに達するものの、2030年には7,000万バレルに落ち、長期価格も1バレルあたり25米ドルへと低下して、シェールオイルやタールサンド、深海掘削原油のほとんどは開発不可能になり、多くの地域で石油生産は完全に消滅するとしています。
ロシア、サウジアラビア、ナイジェリア、ベネズエラなど産油国はは深刻な危機に陥り、エクソンモービル、シェル、BPなど巨大石油資本の資産のほぼ半分は不良債権化するとの予測です。
トヨタ、ゼネラルモーターズ、フォルクスワーゲンなどドイツの自動車産業自動車業界も、存在を脅かされる大きな脅威に直面すると予測しています。
モビリティ市場の覇権は「モビリティの頭脳」を巡ってGoogleやApple、Tesla、そしてFoxconnが圧倒的な優位性を持つ中で、既存の自動車業界は、残酷なまでに低収益な市場でEV製造メーカーとして生き残るか、もしくはUberの発展系で生み出されるであろう自動運転のモビリティ・サービス会社のために商品を提供するかの選択に直面し、いずれを選択しても、大きな淘汰は避けられないと予測しています。
政府や関連業界も無傷ではいられません。アメリカだけでも年間500億ドル(約5兆円)の燃料税収を失い、保険費用も90%減少する代わりに、平均的な世帯は年間5,600ドル(約60万円)節約できるとしています。
セバ教授の予測に対しては、あまりに早く変化が起きることへの疑問は寄せられているものの、遅れてもせいぜい数年から十数年の誤差で、大きな傾向には同意の声が多く寄せられています。
すでにインドは、2032年までにすべてのICEを段階的に廃止する計画を策定しており、中国政府も2025年までに7百万台のEVに切り替えを目指して、自動車メーカーは2018年までにEVもしくはプラグインハイブリッド車(PHV)の販売が全販売の8%に相当することを示す「クレジット」を確保することを提案し、この割合を2019年には10%、2020年には12%に引き上げらることを計画しています。
これまでの分散エネルギーの普及速度は、事前の予想をはるかに上回るスピードであったこれまでの経験を踏まえると、セバ教授の予測に対して、現実に何が起きるか、目が離せなくなってきました。
※1 “All fossil-fuel vehicles will vanish in 8 years in twin ‘death spiral’ for big oil and big autos, says study that’s shocking the industries” Financial Post. May 16, 2017 https://goo.gl/hRxbeY
※2 「ボルボ、全車種をEV・ハイブリッドに 19年から」日本経済新聞2017年7月5日 https://goo.gl/cZTSkB
※3「フランス、EV社会へ大転換 ガソリン車禁止の余波」日本経済新聞2017年7月7日 https://goo.gl/eG65NG
※4 “Hot News! Tesla Model 3 Production To Begin Friday, July 7” CleanTechnica Juky 3, 2017 https://goo.gl/E4WM1p