第8話 エネルギー共有経済

2017年06月16日

 

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今日、台頭してきている大きな要素として「共有経済」や「脱物質経済」の流れがあります。これはけっして「右肩下がりの経済」とか「江戸時代に戻れ」とか「自給自足のシンプルライフ」ということではありませんし、環境主義者のユートピア的願望でもありません。むしろ、世界史的に、情報通信コミュニケーション(ITC)革命と自然エネルギー・地域分散ネットワーク革命が縺れ合いながら進展しつつある今日、そこに人類の意識が少しずつ変わりつつある状況が通底して、ある種のビッグトレンドになりつつある現象なのです。

多くの人々、とくに先進国の若い世代の多くが、生まれたときから、次々誕生するクルマや家電、住宅などあらゆる「モノ」の新製品・新技術をシャワーのように浴びせかけられてきました。そうした「モノ」が次第に差別化する要素がなくなり、「コモディティ化」(メーカーやブランドの差のない「普通のモノ」になること)すると同時に、私たちの方でももはやクルマや家電、住宅などあらゆる「モノ」を所有することに、何の意味や価値も見いださず、その機能を必要とするときだけ借りればよい、あるいは必要とする人に必要とするタイミングで貸せばよい、という感覚が当たり前になってきつつあります。

そこから、カーシェアリングやUber(自家用車の空き時間を利用した、いわば「白タク」サービス)、AirBnB(自宅の空き部屋や空き期間を有償で他人に貸し出すサービス)などが生まれてきています。前記のテスラ会長イーロン・マスクが「空いている時間に自分のテスラを貸し出して、その賃料でタダでテスラが手に入る」と述べたのも、この延長線上にあります。

さらに、自然エネルギー(とくに太陽光発電)や蓄電池は限りなく安くなってゆき、限界費用ゼロの自然エネルギー電力がいつでも使えるようになることや、個々人の間(P2P)での電力取引や需給調整などをモノのインターネットが実現してゆくと、エネルギーのコストも下がってゆくでしょう。チェス、将棋、そして囲碁で次々に人間がコンピュータに負けたことに象徴されるように、コンピュータの性能も「ムーアの法則」(技術学習効果)に沿ってほぼ2年で2倍のスピードで進化しており、2040年には人間の能力を追い越す「シンギュラリティ」(レイ・カーツワイル)が来ると「予言」されています。そうした後押しもあって、3Dプリンターやビッグデータ、単純労働のロボットによる置き換えなどが進んでゆき、製品のパーソナル化と低コスト化がいっそう進んでゆく可能性があります。そもそも私たちに提供されるものは「製品」から「サービス」へ、さらには「経験」へと、より無形のモノへの移行が進展しています。

そうしたメガトレンドが、必ずしも望ましい未来を生み出さない可能性もありえます。経済格差に加えて、地域間格差・情報格差・機会格差がいっそうの社会分断を生み出す恐れや、「旧い既得権益」の抵抗が続くことで日本が大きく取り残され、それがいっそう社会の劣化を招いてしまう恐れもあるかもしれません。他方で、一人ひとりの人間に残される最後で最高の「仕事」は「創造すること」となりますが、望ましい未来では、人間の創造性を再発見する「ネオ・ルネッサンス」の可能性も期待できるのではないでしょうか。